from Asia


牛嶋直美の「亜細亜くいだおれ」 その3
ごはんって、主食じゃないの?

n.ushijima
うしじま・なおみ
からだの組成の87%が
チューカでできている
ちゅーか。残りの13%は
タイ、ベトナム、インド料理で
できてるちゅーか。




香港でごはんは絶対欠かせない食べ物だが、実は食卓でその地位は低い。

同じ「お箸の国の人」とはいえ、国が違えば、食卓における優先順位が違うことは容易に理解できる。でも香港におけるごはんは、非常に大切でありながらも、実はおかずを引き立てる脇役。さらに「おかずを残すくらいなら、ごはんを残しなさい」というのが温(わん)家の方針だった。

「ごはん粒を残すと目がつぶれる」と、ごはんを大切に食べるよう言い聞かされて育った日本人にとって、こんな些細な価値観の違いこそ、非常に戸惑いを感じる瞬間である。外国習慣の厚い壁だ。

夕飯の食卓に私の大好物である「梅菜煎痩肉絲」(むいちょいちんさうよっしー)が並ぶと、むちゃくちゃ嬉しい反面、心中複雑でもあった。これは梅菜(むいちょい)という高菜に似た中国の漬物と、細切りにした豚赤身肉を中国醤油と砂糖で炒め煮にした家庭料理のひとつ。特にママが作る、やや濃いめの味付けは、私にとってバツグンのおいしさだった。


むいちょい

甘めの醤油で煮込んだ香ばしい匂い、梅菜独特のやや酸味のある香りも混じり、舌の付け根の両脇あたりから、つばがジュワジュワしてくる。「ああ、これを汁ごとぶっかけて、思い切りごはんを食べたい」。そう思うとき、私の意識のなかにはいつも、おかずよりごはんほうがメインにあった。炊き立てホカホカの、おいしいごはん。

理由は簡単。なぜなら、それができなかったからだ。

温家で、ごはんを中心に食べる食事は邪道だった。というか、ほとんど「禁止」に近かった。香港でごはんは、おかずをしこたま食べてから、それでもまだ足りなかったとき、最後に食べる「ついでの存在」。

だから家族からはいつでも、「お腹がすいているなら、まずおかずを食べなさい」ときつくお達しが出た。それが客人に対する、家族の厚いもてなしでもあった。それでも、いつでも私がごはんばかりを食べようとするので、ママは常に注意深く私のお茶碗に目を光らせていた。

だから2杯目のごはんをよそうタイミングが非常にむずかしいのだ。私は食べたくて食べているのに、家族は「遠慮してごはんばかり食べる」と思ったようだ。

実際に香港人の家庭で寝食を共にすると、素材、調味料、手順、調理器具、食べ方など、料理を巡る香港人の習慣が少しずつわかるようになる。つまりは戸惑いも多いということ。レストランで食べる料理だけでは、香港の食は見えてこないのだな、と日を追うごとに理解するようになり、その分ストレスも多くなった。

「日本人は冷めたごはんを食べるから野蛮だ」と、香港人の友達からいわれたことがある。そのくらい香港でごはんは炊き立てが基本で、大切で、だからこそ朝も昼も夜も、とにかく食事のたびごとにごはんを炊く。ごはんを温め直したり、ジャーで保温したり、冷やごはんをそのまま食べるなどもってのほかだ。

香港で一般的に食べられるごはんはタイ産の長粒種が基本。米不足の折り、日本で流通したタイ米はまったく人気がなかったけれど、香港で食べるタイ米はあれよりはるかに香りが高く、私は大好きだった。特に炊き立ての香りはバツグン。広東語で「香米」(ひょんまい)といわれるのも充分に納得できる。

日本のように、香港の路地裏にはお米屋さんもあるが、一般的にはスーパーでビニール袋に入った真空パックものを買う。人気ブランドはゴールデンエレファント。

日本のお米は水気が多く、弾力も強い。香港と日本ではお米の種類が違うから食べ方が違うと思っていたが、どうもそれだけではないようだ。香港人にとって、ごはんはあくまで「炊き立てのタイ米」。

「日本のお米はおいしい、冷えたおにぎりも確かにおいしい、けれど、炊き立てのタイ米は香港人にとって特別のもの」だと、日本へ留学経験のある香港人は話す。香港に住む日本人駐在員がわざわざ日本からコシヒカリを取り寄せるように、彼は日本にいる間中ずっと、香港からタイ米を定期的に送らせていた。

温かいうちはおいしいこのお米も、一度冷えるとパサパサして弾力がなくなり、そのままではとても食べられたしろものじゃない。余った冷やごはんは、冷蔵庫で保存し、温家ではよく炒飯にしていた。それはそれで、家族が常に心待ちにしているメニューでもあった。

家族が外出した留守宅で、私はときどき冷やごはんを電子レンジで温め直して食べることがあった。上記のような「規制された日々」で、なんとなく「ごはんだけを食べたい」気持ちが強くなったからだ。お漬物と温め直したごはんを食べるひとときは、すこしばかりのスリルもあって、ときどきたまらなく欲しくなる贅沢な時間だった。温家の家族には見つからないよう、いつでもこっそり食べた。

梅菜がおいしく食べられるお店

農圃燕窩食坊(のんぽういんうぉーせっふぉん)
MTR(地下鉄)銅鑼灣(とんろうわん=コーズウェイベイ)駅の、金堡商塲(きんぽうしうちょーん)側出口を出て左へ進み、大丸角を左折。直進して左側にあります。
燕の巣入り蛋達(だんたっ=卵タルト)で有名なお店ですが、実はココ、家庭料理のお惣菜がとても気軽に食べられます。ランチセットが安くておすすめ。「梅菜肉餅飯」は、豚ミンチに梅菜を刻んで混ぜ、薄いハンバーグ状にして蒸し、白いごはんに乗せたもの。中国醤油をかけて食べます。

東寶小館(とんぽうしうくん)
MTR北角(ばっこ=ノースポイント)A出口対面にある、北角街市(ばっこがいしい=ノースポイントマーケット)の2階にあります(階表示はイギリス式のままなので、日本でいう3階です)。
海鮮料理や家庭料理が手頃な値段で食べられます。でも、ここのメニューは広東語表記のみ。「梅菜煎痩肉絲」(むいちょいちんさうよっしー)もあります。


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