扁桃腺持ちで、風邪を引きやすい。
風邪気味になると、親がいつでも「あたたかくして安静にしなさい」といったので「風邪を引いたら体をあたためる」のは当たり前と思っていた。
だから香港でも、風邪気味だと感じるとまず体をあたためた。
1年中暑い印象はあるが、香港にも四季はある。日本ほどではないが、蒸し暑い夏に比べると香港の冬もだいぶ寒い。住み始めたのは冬で、香港よりはるかに寒い日本の「暖かい部屋」に慣れた甘えた体には、たいへん厳しい冬になった。
ほんの3泊4日の旅行とはわけが違う。毎朝、寒くて目が覚めるようになるのは誤算だった。香港人の住宅に暖房がないのは普通だが、住むまでそれを知らなかった。
ある朝起きると喉が痛い。早速風邪を引いてしまったのだ。
心配かけると申し訳ないので、最初は世話になっている家族にもいわず、毎晩体を温める漢方薬を飲んで寝た。自己流の対症療法だ。ところが、なぜか漢方薬を飲んだ翌朝は、決まってますます喉が痛くなる。どうも半端な知識が裏目に出たらしい。
四女のジョイスに相談すると、「痛くなるのは当たり前だ」といった。
香港の考え方では、喉が痛いのは体のなかに炎症があるということ。炎症が熱を持っているため、体のなかからその炎症=熱を取り除かなければ、喉の痛みをやわらげることはできない。要するに喉が痛いような風邪のときは、体をあたためるのではなく、逆に冷やさなければいけないというのだ。私は体をあたためたせいで、喉の炎症をさらにひどくしていたらしい。
確かにそれも一理ある。その晩は、言われた通り、試しにいつもの漢方薬をやめてみた。
翌朝、昨日とは打って変わって喉の調子がいい。
「よくなりました」とお礼を言うと、ジョイスは得意げに話し始めた。喉が痛いときには、体内から体を冷やすだけでなく、食べてはいけないものがあるという。
揚げもの、辛いもの、柑橘類、甘いもの、冷たいもの。これらを全面的に禁止される。
春巻ダメ、ラー油も豆板醤もダメ、デザートのオレンジもダメ、ゴマ団子ダメ、おまけにマンゴプディングも食べられない。家族と一緒に飲茶(やむちゃ)へ行くと、食べたいものをほとんど取り上げられてしまった。口に入れていいのは、蒸した餃子、煮込み、そして暖かいお茶だけだ。
あまりに厳しいお達しである。しかし食べたいものはなるべく食べたい私。そんなものは無視するつもりだった。が、私の症状を知った家族全員が目を光らせ、私が食べようとするものにいちいち注意を払うのでなかなか思うようには食べられない。
食べたいものが食べられないのは悲しくてひもじいので、それからは、多少喉が痛くてもあまり大袈裟に言わないことにした。
が、無駄な抵抗だった。喉の調子が悪いときに、揚げものやデザートのオレンジを食べ、冷たい飲みものをとると、決まって咳がひどくなった。だからすぐにばれて、またすべて禁止される。
食べられないのは悲しかったが、そんな習慣に直接触れたのは楽しかった。これこそ医食同源である。香港人にとってこれは特別なことではなく、ごく当たり前の日常生活。日々の食事メニューも、その日の天候や家族の体調を考えたうえで母親が決定するのだ。
風邪は引きはじめが肝心なのは香港も一緒だった。しかし、日本が比較的すぐに風邪薬を飲むのに対し、香港ではまず漢方茶。
香港人が風邪の引きはじめに飲むのは、感冒茶(がんもうちゃー)と廿四味(やーせいめい)。いずれも何十種もの漢方薬を煎じて煮詰めたもので、色は黒く、味は相当に苦い。
これらは街中にある涼茶舗(りょんちゃーぽう=漢方茶スタンド)や、亀ゼリー屋で飲める。基本的なレシピはあっても、店によって味や効能にやや違いがあるようだ。値段も随分と違う。
香港の街には清涼飲料水の自動販売機はないが、かわりにこういった漢方茶スタンドがたくさんある。そして暑いといっては漢方茶を飲み、風邪を引いたといっては感冒茶をすする。
どうせ飲むなら体にいいものを、というのが香港人ならではの合理的考え方。香港で「風邪かな」と感じたら、この習慣をぜひ試してみてほしいと思う。

がんもうちゃー
漢方茶が飲めるお店
海天堂(ほいてぃんとん)
亀ゼリーで有名なお店だが、ここは感冒茶も「効く」と定評あり。味はかなり苦く、濃い。他の店に比べると値段も少々高め。感冒茶は苦いので、飲むときは塩少々を入れて一気に飲むこと。塩を入れるとすこし味がマイルドに。佐敦(じょーどん=ジョーダン)、湾仔(わんちゃい)などにある。
同治堂(どんじーどん)
廿四味(やーせいめい)は、その名の通り24種類の生薬を煎じてあるといわれるお茶だが、実際に煎じる生薬の数はもっと多いらしい。感冒茶同様に苦く、やや飲みにくい。感冒茶もある。いずれもテイクアウト可。銅鑼湾(とんろうわん=コーズウェイベイ)、佐敦(じょーどん=ジョーダン)などにある。