「亜細亜くいだおれ」 December 8,1998
冬は なんたって土鍋料理

牛嶋さんのイラスト 牛嶋 直美
ウシジマ・ナオミ

からだの組成の87%がチューカでできているちゅーか。残りの13%はタイ、ベトナム、インド料理でできてるちゅーか。
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大家族の温(わん)家から、引越しをすることになった。

もともと私にとっては仮の住まいだった。「部屋が決まるまで」の条件で世話になっていたのがあまりに心地よく、「このままいられたら」と都合のいいことを考えていた。

当然、そううまくはいかなかった。幸か不幸か、条件のいい部屋が見つかってしまったのだ。

新しい部屋の家主は、温家の遠い親せき。夫を亡くし、職業は婦人警官。家はMTR(地下鉄)の駅前で、温家のある新界(さんがい)に比べると交通は相当に便利。大きな団地だが、ほとんど公務員住宅として使われており、周囲は警官の家族ばかり。「きっと安全だろう」と、家族会議で彼女の家が選ばれたのだった。

あとは私が見て問題なければ決まりだ。

3人の子供はイギリスに留学中で、婦人警官はひとり暮らし。現在使っていないひと部屋を貸してくれるという。笑顔の彼女に案内され、家の中を見学。黒い家具つきの角部屋で、小さいが机もある。リビングもキッチンも「家にあるものはすべて勝手に使っていい」と、条件も悪くない。

文句のつけようがないではないか。

部屋を見て温家へ戻ると、私の返事を待つまでもなく、すでに話は決まっているのだった。控えめに「黒い家具はすきじゃない」といったが、その場で家族全員に却下された。

新しい日常が始まると、生活環境がすこし変わることになった。

朝は線香の香りで目覚める。

リビングに大きな神棚があり、土地の神様たちやご先祖さまがまつってある。毎朝出勤前、神様たちにごあいさつするのが婦人警官の日課だ。幅約50cm、高さは天井ほどもある。形だけ見ると本棚のようだが、色は真紅で、やたらと派手な飾りつけが施されている。

内部は4段にわかれ、そのうち3段が神様とご先祖さまをおまつりする棚。残りの1段は引き出しになっていて、ここに線香やライター、ロウソクを収納する。

この他、台所と玄関にそれぞれひとつずつ、神様がまつられている。なにがあろうと毎朝毎夕、4人の神様とご先祖さまに、彼女は必ず線香を供えるのだった。

これが煙くてしかたがない。

実際はその後慣れるとなんということもなかったが、しばらくの間、線香の香りが目覚し代わりになった。

香港の線香は長さ30cmほどもあり、これを各神様の香炉に3本ずつさす。3本の線香は、それぞれが現在・過去・未来を表している。それは仕方がないのだが、ともかく、長い線香を3本ずつもさすものだから、煙いし、神棚の周囲は灰だらけになってしまう。

私は決してきれい好きではないが、なぜかこの灰が気になって仕方なかった。

ある日、山盛りになって床まで散っている灰に我慢できなくなった私は、神棚と床の灰をすべてきれいに掃除してしまった。もちろん、掃除する前後に、手を合わせることは忘れなかった。神棚はきれいにあるべきと勝手に思っての親切心だ。

怒りはしなかったが、婦人警官は「こういうことは私がやるから、次からは気にしないで」と、きつい調子ではっきりといった。その後、香炉をどかしてきれいに拭き、灰ですすけた神棚をすっかりぴかぴかにしてしまった。

私は親切と思っていたが、彼女にとっては余計なお世話なのであった。しゅん。

しばらくして、婦人警官がイギリスの子供たちのところへ出かけることになった。しかも2週間の長期休暇だという。

当日。彼女は神棚のすべてに大きな赤いロウソクを供え、花を新しく飾り直し、お供えの果物も山盛りにした。そしてお約束通り、私に「これ(神棚)は気にしないでいいから」といい残し、イギリスへ出かけていった。

「気にしないでいい」とはいわれたが、そういわれれば余計気になる。結局、婦人警官の真似をして、毎日神棚に線香を供え続けることにした。

気になる、というより、やってみたかっただけなのだと思うが。

何の問題もなく「お祈り」の日々は過ぎていったが、なんと婦人警官が帰ってくる前に線香がなくなってしまった。朝晩15本も使うんだもんなあ。しかも、玄関の神様の飾りが壊れているのまで発見してしまう。

気になって気になって仕方がない。

私は街市(がいしい=市場)へ行き、同じような飾りを探してまわり、神棚に手を合わせ、早速きれいなものに貼り換えてしまった。線香も、引き出しに大袋入りを追加しておく。

追加して2日後、婦人警官は帰国した。

「また怒るかな」と、注意して見てたが、なんと彼女はまったく気づかなかった。うれしいような残念なような、なんだか複雑な心境。

さて、引っ越して初めて婦人警官に連れていってもらったのが、近所の牛頭角下邨(あうたうこっはーちょん=団地)にある屋台街だった。

潮州風のおかゆ、■仔飯(ポウチャイファン=土鍋の炊き込みごはん、■は「保」のしたに「火」)、中国風おしるこなどが、ここでは手軽に食べられる。

もちろん広東語しか通じないが、通じなきゃ通じないでそれまた楽しいもの。指差せば相手はちゃあんと理解してくれるのだ。

ここでのおすすめの冬の味が「■仔飯」だ。ひとり分ずつ土鍋で炊いてくれ、あつあつごはんが楽しめるうれしいメニューである。

食べるときは小碗(わん)に入ってくる老抽(ろうちゃう=色づけ醤油)をかけ、一度フタを閉じて蒸し、下からぐるりと混ぜる。このとき、せっかちな店員がフタをもっていかないようジェスチャーで「待て」と合図するのにすこし緊張することがある。

老抽は色づけ専門で塩味があまりなく、全部かけてしまっても辛すぎることはないのでご安心を。鍋底にへばりついた香ばしいお焦げを食べる瞬間は、まさにしあわせの絶頂である。

牛肉と卵の炊き込みごはん
「窩蛋牛肉飯」
(うぉーだんあうよっふぁん=牛肉と卵の炊き込みごはん)


香港の冬の風物詩
「ポウチャイファン」が楽しめる店

樂園茶餐店(ろっゆんちゃーちゃんてん)
尖沙咀(ちむさあちょい)のハイアットリージェンシー裏手にある茶餐店。朝はサンドイッチやトースト、昼は麺、おやつにおしるこなど、気軽に喫茶店感覚で入れる。冬になると店頭にポウチャイ(小さな土鍋)をずらっと並べているのですぐわかる。ただしポウチャイファンは夕方以降のメニュー。食べやすいのは「梅菜肉餅飯」(むいちょいよっぺんふぁん=豚ひき肉の蒸しもの入り)、「北槙褐{飯」(ぱっくーわっがいふぁん=シイタケと鶏肉入り)。

酔湖海鮮酒家(ちょいうーほいしんちゃうがー)
香港家庭料理が食べられる、灣仔の有名広東料理店。ここのは、上の写真のような屋台形式のポウチャイファンではなく、ちゃんと厨房にて、もっと大きな土鍋で作る炊き込みごはん。「窩蛋牛肉飯」(うぉーだんあうよっふぁん=牛肉と卵の炊き込みごはん)も食べられるが、ここの牛肉はたたいてミンチにしてある。軽く4人分はあるので、小人数で注文するときは気をつけて。


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