| 「亜細亜くいだおれ」 December 8,1998 | |||
| 冬は
なんたって土鍋料理 | |||
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大家族の温(わん)家から、引越しをすることになった。 もともと私にとっては仮の住まいだった。「部屋が決まるまで」の条件で世話になっていたのがあまりに心地よく、「このままいられたら」と都合のいいことを考えていた。 当然、そううまくはいかなかった。幸か不幸か、条件のいい部屋が見つかってしまったのだ。 新しい部屋の家主は、温家の遠い親せき。夫を亡くし、職業は婦人警官。家はMTR(地下鉄)の駅前で、温家のある新界(さんがい)に比べると交通は相当に便利。大きな団地だが、ほとんど公務員住宅として使われており、周囲は警官の家族ばかり。「きっと安全だろう」と、家族会議で彼女の家が選ばれたのだった。 あとは私が見て問題なければ決まりだ。 3人の子供はイギリスに留学中で、婦人警官はひとり暮らし。現在使っていないひと部屋を貸してくれるという。笑顔の彼女に案内され、家の中を見学。黒い家具つきの角部屋で、小さいが机もある。リビングもキッチンも「家にあるものはすべて勝手に使っていい」と、条件も悪くない。 文句のつけようがないではないか。 部屋を見て温家へ戻ると、私の返事を待つまでもなく、すでに話は決まっているのだった。控えめに「黒い家具はすきじゃない」といったが、その場で家族全員に却下された。 新しい日常が始まると、生活環境がすこし変わることになった。 朝は線香の香りで目覚める。 リビングに大きな神棚があり、土地の神様たちやご先祖さまがまつってある。毎朝出勤前、神様たちにごあいさつするのが婦人警官の日課だ。幅約50cm、高さは天井ほどもある。形だけ見ると本棚のようだが、色は真紅で、やたらと派手な飾りつけが施されている。 内部は4段にわかれ、そのうち3段が神様とご先祖さまをおまつりする棚。残りの1段は引き出しになっていて、ここに線香やライター、ロウソクを収納する。 この他、台所と玄関にそれぞれひとつずつ、神様がまつられている。なにがあろうと毎朝毎夕、4人の神様とご先祖さまに、彼女は必ず線香を供えるのだった。 これが煙くてしかたがない。 実際はその後慣れるとなんということもなかったが、しばらくの間、線香の香りが目覚し代わりになった。 香港の線香は長さ30cmほどもあり、これを各神様の香炉に3本ずつさす。3本の線香は、それぞれが現在・過去・未来を表している。それは仕方がないのだが、ともかく、長い線香を3本ずつもさすものだから、煙いし、神棚の周囲は灰だらけになってしまう。 私は決してきれい好きではないが、なぜかこの灰が気になって仕方なかった。 ある日、山盛りになって床まで散っている灰に我慢できなくなった私は、神棚と床の灰をすべてきれいに掃除してしまった。もちろん、掃除する前後に、手を合わせることは忘れなかった。神棚はきれいにあるべきと勝手に思っての親切心だ。 怒りはしなかったが、婦人警官は「こういうことは私がやるから、次からは気にしないで」と、きつい調子ではっきりといった。その後、香炉をどかしてきれいに拭き、灰ですすけた神棚をすっかりぴかぴかにしてしまった。 私は親切と思っていたが、彼女にとっては余計なお世話なのであった。しゅん。 しばらくして、婦人警官がイギリスの子供たちのところへ出かけることになった。しかも2週間の長期休暇だという。 当日。彼女は神棚のすべてに大きな赤いロウソクを供え、花を新しく飾り直し、お供えの果物も山盛りにした。そしてお約束通り、私に「これ(神棚)は気にしないでいいから」といい残し、イギリスへ出かけていった。 「気にしないでいい」とはいわれたが、そういわれれば余計気になる。結局、婦人警官の真似をして、毎日神棚に線香を供え続けることにした。 気になる、というより、やってみたかっただけなのだと思うが。 何の問題もなく「お祈り」の日々は過ぎていったが、なんと婦人警官が帰ってくる前に線香がなくなってしまった。朝晩15本も使うんだもんなあ。しかも、玄関の神様の飾りが壊れているのまで発見してしまう。 気になって気になって仕方がない。 私は街市(がいしい=市場)へ行き、同じような飾りを探してまわり、神棚に手を合わせ、早速きれいなものに貼り換えてしまった。線香も、引き出しに大袋入りを追加しておく。 追加して2日後、婦人警官は帰国した。 「また怒るかな」と、注意して見てたが、なんと彼女はまったく気づかなかった。うれしいような残念なような、なんだか複雑な心境。 さて、引っ越して初めて婦人警官に連れていってもらったのが、近所の牛頭角下邨(あうたうこっはーちょん=団地)にある屋台街だった。 潮州風のおかゆ、■仔飯(ポウチャイファン=土鍋の炊き込みごはん、■は「保」のしたに「火」)、中国風おしるこなどが、ここでは手軽に食べられる。 もちろん広東語しか通じないが、通じなきゃ通じないでそれまた楽しいもの。指差せば相手はちゃあんと理解してくれるのだ。 ここでのおすすめの冬の味が「■仔飯」だ。ひとり分ずつ土鍋で炊いてくれ、あつあつごはんが楽しめるうれしいメニューである。 食べるときは小碗(わん)に入ってくる老抽(ろうちゃう=色づけ醤油)をかけ、一度フタを閉じて蒸し、下からぐるりと混ぜる。このとき、せっかちな店員がフタをもっていかないようジェスチャーで「待て」と合図するのにすこし緊張することがある。 老抽は色づけ専門で塩味があまりなく、全部かけてしまっても辛すぎることはないのでご安心を。鍋底にへばりついた香ばしいお焦げを食べる瞬間は、まさにしあわせの絶頂である。
![]() 「窩蛋牛肉飯」 (うぉーだんあうよっふぁん=牛肉と卵の炊き込みごはん)
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