| 「亜細亜くいだおれ」 March 30,1999 | |||
| チキンはニンニクだらけで | |||
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4年前、ソウルの喫茶店で友人と雑談していたときのこと。 「韓国の地獄鉄(ちおくちょる)に比べたら、日本の通勤ラッシュなんて目じゃないと思うよ」。 ソウル大生の彼女は続けた。 「なにしろ、ニンニクの匂いが半端じゃないんだから」。 防災に関すること、物売りの話など、ソウルの地下鉄に関しては随分といろんな噂を聞いたが、なかでもこれがダントツ印象に残る話だった。 「漢方」を「韓方」と表現するほど、独自の医食同源を重んじる韓国では「唐辛子の消費量が世界一」と聞いたことがある。しかし彼女によると「毎日食べるニンニクの量も同様に世界一」で、そのため「暖房で汗ばむラッシュ時の車内にはキョーレツなニンニクの匂いが充満」し、それを「地獄鉄(=地獄のような苦しみを味わう地下鉄)と呼ぶ」とのことだった。 確かに韓国ではニンニクをよく食べる。キムチを漬けるときには少量だがすりおろしたニンニクを使用するし、「参鶏湯」(さむげたん=ひな鶏に、もち米・高麗人参・ナツメ・栗などを詰めて煮込んだスープ)を食べるときも、「プルコギ」(薄切り牛肉の焼き肉)や「セントゥンシム」(ロース肉)を食べるときも、ニンニクは絶対欠かせない薬味のひとつ。それも生で丸ごとガリガリ食べるのが普通だ。 最初はすごく辛いけど、慣れるとその刺激がたまらなくなる。そしてしばらくすると、食事時にニンニクがなくては物足りなくなってしまう。それほど韓国の料理にニンニクはよく合い、本当に恐いほどの習慣性をもつ(いや、私だけかもしれませんが)。だからこそ、「地獄鉄」の話にも信憑性があると思った。 ただ、年に一度出張する程度の外国人旅行者にとってそれは、そうそう身近な出来事でなく、彼女からその話を聞いて4年が過ぎた今も、幸か不幸か未体験のままだ。そしてこの日も私は地下鉄に乗り、その恐ろしい地獄鉄とはまた違った、もうひとつの「地下鉄の噂」を目の当たりにしていた。 3月にもかかわらず手袋が必要なほど、その日のソウルはさぶかった。外の厳しさとは対照的に、しかし地下鉄内はポカポカと暖かい。忙しい出張で睡眠時間を削った強行日程がたたってか、私はすぐに気が緩み、無防備な眠りに落ちてしまった。 しかし、すぐその眠気は払われた。誰かが大声で叫び始めたせいだ。 がら空きの地下鉄3号線車内。目の前に女性が立っている。カジュアルなパンツスーツ姿で、年齢は40歳くらい。メガネをかけているので目立たないが、よく見るときれいな顔立ちをしている。何が起こったのだろう。彼女はなぜ叫んでいるのか。頭のなかは半分パニックでぐるぐるしている。当然だがすべて韓国語で、言ってることがさっぱりわからない。ただ、周囲の乗客は落ち着いてるし、危険はなさそう。注意してそのパフォーマンスを見ていたら、それが何を意味するかすぐに理解できた。 彼女は歯ブラシを売っていた。 「この歯ブラシはヘッドが小さいので、奥歯まで磨きやすいんです。歯垢も簡単にとれますよ。普通の歯ブラシを使ってる方は、今すぐ買い換えましょう。お値段も、1本1000ウォン(=約100円)のところ、今日に限って3本1000ウォンとお買い得。今だけのサービスですよ」。 訳はいい加減だが、内容はそれほど違わないと思う。これが噂に聞いていた物売りか。でも彼女には悪いが、こんな地下鉄車内で歯ブラシなんか売れるわけがない。と思っていたら、その口上が終わった途端1000ウォン札を差し出す人が1人2人3人・・・。意外なほどの売れ行きなのだ。それは「この人たち、本当はサクラ?」と思うほど。 売り上げが一段落すると、彼女は何事もなかったかのように、歯ブラシが入った段ボールを抱え、隣の車両へと移っていった。 その後、この日だけで合計3つのセールスパフォーマンスを体験。二人目は大きなラジカセを抱えて音楽をガンガン流しながら6本組のカセットテープ(「パパス&ママス」など往年のアメリカンポップスが入ったカセットテープ。セットで10000ウォン)を、そして三人目は洋服のホコリ取りブラシを販売していた。ブラシは1本1000ウォン。いずれも、驚くほど売り上げは好調だった。 「ホコリ取りブラシ」を売るセールスマンは、私の目の前の吊り革をパフォーマンスのステージに選んだ。ホコリ取りを実演するため、ハンガーにかけた背広を吊革にぶら下げるのだが、最初に「失礼いたします」と体をふたつ折りにし、丁寧に挨拶をしたのが非常に印象的だった。ちなみに、私がブラシを買わなかったからか、終わった後の挨拶はなし。 前述の通りソウルで相当に寝不足だった私は、彼らのパフォーマンスを存分に楽しんだ後、ぬくぬくした地下鉄車内で、私は再びうとうとと居眠りを始めてしまった。 ふと、いやーな気分で目覚める。なんだか息苦しい。ん? ななななんだなんだなんだ、なんだこの匂い。気づくと車内は、顔の前に立つ人が寄りかかってくるほどの大混雑。げ、こ、これ、まさか……。 それは、居眠りから一瞬で目が覚めてしまうほどの貴重な体験。ぶるる。今思い出しても恐ろしい。 実際のところ地下鉄の駅間は相当に短く、乗り換えのターミナル駅もたくさんあるので、恐いほどに満員でいる時間はほんの一瞬。彼女からおもしろおかしく伝聞されたほど「地獄」を感じるものでなかったのは、残念だったような助かったような。 自らも一週間毎日ニンニクを食べ続けているわけで、「これが自分のニンニクの匂いだったら笑うな」とバカなことを考えていた私は、その後乗り換えるはずの駅で降りるタイミングを逃し、3駅も乗り越したのだった。 ところで韓国語で「ニンニク」は「マヌル」。「マヌルチキン」はその名の通り「ニンニクチキン」のこと。 これは鶏肉の空揚げにニンニクソースがたっぷりかかった一品で、このソースに使うニンニクがまたとにかく尋常な量じゃない。そしてそれは相当に辛い。でも、ソウルにいる間くらい周囲を気にせず、ぜひ韓国ならではの強烈なニンニク料理を堪能して欲しいと思うのだ。ま、これはニンニク好きによる、単なるひとつのエクスキューズかもしれないけれど。
![]() 一皿でひな鶏一羽分あります。 これで、10000ウォン(約1000円)。 ひな鶏はマシンで3時間ローストし、 まず脂分をすっかりとってしまいます その後、衣をつけてカラリと揚げ、 上にたっぷりのニンニクソースを塗って出来上がり。 写真ではわかりにくいけど、 表面に白っぽく見えるのが全部ニンニク 脂を落してあるので、 鶏肉そのものはわりとあっさりめ。
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