「亜細亜くいだおれ」 March 28,2000
シュリーナガルって、どこ?

牛嶋さんのイラスト 牛嶋 直美
ウシジマ・ナオミ

からだの組成の87%がチューカでできているちゅーか。残りの13%はタイ、ベトナム、インド料理でできてるちゅーか。
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「危険度3の外務省渡航延期勧告地域」と聞き、少々びびった今回の出張先はシュリーナガル。インド最北のカシミール地方にある都市で、ヒマラヤを越えればそこはパキスタン。だけど到着したとき、現実にはまだ危険を身近に感じてはいなかった。

気温42度のデリーから飛行機で約1時間半。海抜1700mのシュリーナガルは20度にも満たず、空気がひんやりする。高原のようなさわやかな気候で、思わず深呼吸をするほどひたすら気持ちがいい。

空港へ着陸する寸前、飛行機の窓から見た景色は、想像だにしなかった美しさだった。段段になった黄緑色の水田、流れの速い小川、黄色い菜の花畑、緑の青菜畑、丸くこんもり茂る濃い緑の森、線状に並ぶ若草色の糸杉の林。緑と黄色がグラデーションになり、ひとコマずつジグソーパズルのように並ぶ。小さくしょぼい簡素な村を想像していた私は、あまりにダイナミックでキレイな風景に思わず息が詰まる。す、すごいとこに来ちゃった。

翌日の天気は曇り。シュリーナガルは、イギリス人がスイスの美しさをこの地に見出し、避暑地として発展させた場所。宿泊したホテルにも美しい庭園があり、緑がたくさん植えられている。時節柄、モクレン、ミツマタ、ゼラニウムが満開。花好きの私は、ただその庭を見ているだけで心がなごむのだった。その日も早起きしたので、きれいな花と緑を気持ちよく見下ろしていた。すると突然ドーンという地響きを伴った大きな音。イチョウの木に止まっていた小鳥たちが一斉に飛び立った。

「あれ、なんだったんだろうねえ」。「まさか花火じゃないしねえ」。「8時の時報かな」。「意外に爆発だったりして」。同行者も皆、多少は気になっていたらしく、朝食時の話題にのぼる。当日は不明のままだったが、後で聞くとやはりそれは過激派によるテロで、ホテル近くのラジオ局が爆破されたとのことだった。騒ぎにならなかったのは、この土地でテロはあまりに日常だから。死傷者がなければほとんど話題にもならないらしい。ぶるる。背筋がひやりとした。

シュリーナガルには、現在も夜は戒厳令が出ていて、出歩かないようにと何度も注意を受ける。知らない土地では早朝ジョギングや散歩を楽しむのが日課だが、言葉もまったくわからないしと今回はさすがに自粛。ヒンディー語、すこし覚えてくればよかった。って、そんな問題じゃないんだった。

週末、「ピクニックに行こう」とカシミール人から誘われた。シュリーナガル郊外に、まさにスイスを思わせるキレイな避暑地があるらしい。ホテルのボーイは「あそこに行かなくちゃ、シュリーナガルに来た意味がない」とまでいう。カメラマンが「郊外で山羊や羊の写真も撮りたい」といったことが後押しになって、全員で行くことに決定。インド製TATA社のSUMOという4WDに、屈強なカシミール人3人、南インド人1人、デリーから同行の通訳1人、日本人3人がギュウギュウに乗り、グルマルグへ出発する。

カシミール人がいった「ほんの50キロだから1時間半から2時間くらいかな。すぐすぐ」というのは真っ赤なウソで、海抜2600mの目的地まではたっぷり3時間かかった。舗装された高速道路があるわけじゃなく、さらにずっと登り坂である。牛や羊の群れに邪魔されることもたびたびで、山道は険しく曲がりくねっている。

途中、2度のセキュリティチェックを受ける。私以外男性は国籍や出身地を問わず全員がチェックを受け、外国人はパスポート番号を控え、サインさせられた。カシミール風パンジャビースーツ姿の私だけは、なぜか一度も車から降りることなく終了。イスラム圏の男性は「女性にはやさしいのね」とお気楽に思うが、実はそのチェックポイントには女性兵士がいなかっただけということに後で気づく。戒律のキビシイこの土地では、男性が女性をチェックすることは絶対ありえない。

お尻が痛くなるほどクルマに揺られ、ようやくたどりついたグルマルグにはまだ雪が残り、噂に聞いた通り、ここがインドとはまるで信じられない雄大な景色だった。グルマルグからロープウエイで3000m近いクンガムドーリまで登ると、さらに一面が雪原に覆われ、気持ちよくそり遊びまで体験。ちなみに私はこの雪原のなか、裸足に厚底サンダル姿で、そりから何度もすべり落ちそうになった。途中すこし後悔したけど、最後までどうにか転ぶことなく無事戻る。だけど、もしも今後この地へ行かれる人があれば、トレッキングシューズで足首まで固めていったほうがいいと思います。はい。

ピクニック、というにはあまりに激しく辛く過酷な小旅行ドライブだったけど、あそこで見た景色は深く心に焼きついた宝物。やっぱ辛いこと我慢すると、楽しいこともあるのね。で、グルマルグの雄大なヒマラヤも素晴らしかったけど、じつは私がいちばんすきだったのは、途中で見た畑のある風景。あれこそ飛行機の窓から見た景色の一部だ。「お願い止めて」と思わず日本語で運転手に向かって叫び、記念にとデジカメで記録してきた。目の前の風景にコーフンしてアドレナリン垂れ流しの巻き。言葉にできないほど、キレイな景色である。

不便な場所で、テロが日常で、危険だから観光客がほとんど来ない。だからこそこの自然が保たれているのだ。どこへ行っても「日本にここの素晴らしさを教えてあげてくれ」とカシミール人からいわれたが、はっきりいって日本人だけで回って簡単に観光できるようなところじゃない。けど、たぶん、私は再びこの土地を訪れると思う。危険は承知だが、次はもう少し長い日程で滞在したい。そのくらい、本当に魅力的な場所だ。

ところで当日の食事は、途中のタンマルグにあるバザールのレストランでとった。デリーで食べるよりずっとスパイシーな、カシミール風のカレー。到着してからほとんど羊や山羊などお肉が主食の状態だったので、豆カレーとホウレンソウカレーを注文してホッと一息。カシミール風の素朴なチャパティも味わって、それはもうゴキゲンな一日なのだった。






畑:私がすっかり魂をうばわれたシュリーナガル郊外の風景。段段になってるのが水田で、左の糸杉の向こうにある黄色が菜の花畑。あまりの美しさに声が出ない。今も思い出すだけで泣きそうになる。飛行機から見た景色はもっと雄大で、色も鮮やかだった。

雪山:ヒマラヤの向こうはパキスタン。「ウソみたいにきれいねー」とノンキに話していたが、デリーに戻ってシーク教徒の知り合いにグルマルグの話をしたら「じつはシュリーナガルでも超危険地域のひとつ」だったと聞いてぎゃふん。知らないって怖い。

料理左:カシミール風チャパティ。デリーの洗練された味のパン類と違って、カシミールパンはどこも固くてパサパサ。でも、その素朴な味がすき。

料理右:ビッグカルダモンの味が効いたカシミール風豆カレー。フツーの北インド料理と違い、ビリビリッとスパイシー。というかちょっと辛すぎ。

カシミール料理のお店

BHAT Restaurant
Tangmarg, Kashmir, INDIA
tel: 0199-54517 営業時間: 7:00〜20:00
※ラマダンのときはお休み

シュリーナガルからグルマルグへ向かう途中に寄った、タンマルグのバザールにあるカシミール料理レストラン。10年前にオープンしたそうだが、外人のしかも質問責めの女が来るのは珍しいらしく、ここでも囲まれてじっと見られました。

今回は人数もたくさんいたし、カシミール風のいろんな料理を注文してもらったけど、日本人にとってはどっからどう見ても全部カレーでした。オーナーのバシールさんは英語OK。




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