| 「亜細亜くいだおれ」 May 9,2000 | |||
| パシュミナと羊の「丸」 | |||
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パシュミナって、知ってますか。 標高5000m以上のヒマラヤ山岳地帯に生きる山羊(ラテン語で「Capra Hircus」)の、特にやわらかいお腹の毛をラテン語で「パシュム」といって、その糸をつむいで織った布がパシュミナ。 きれいなパステルカラーのパシュミナショールは、昨年からジツは日本でも流行中。信じられないかもしれないが、1枚5万も6万もするショールが百貨店じゃ結構コンスタントに売れている。特に薄いピンクはどこも売りきれ状態。実際に自分の周囲でも相当数の友人(20〜40歳台女性)がすでに購入済み。かくいう私も、昨年香港でパシュム100%の水色ショールを1枚手に入れ愛用中だ。 パシュムの原産はてっきりチベットと思っていたが、今回の取材先はインド。だけどその理由は世界地図を見れば一目瞭然だった。ヒマラヤのこっち側がインドのカシミールとしたら、あっち側は中国。すこし西にそれるとあっち側がチベットで、こっち側がネパール。山羊はヒマラヤの地に国境を越えて生息しているワケで、あっち側の山羊の毛を原産にすれば中国やチベット産になり、こっち側で作ればインドやネパール産。単純なことだった。それが国境なのだ。 シュリーナガルまで行ったんだから、山羊の一頭くらい出会えるだろうと思っていたが、甘かった。パシュムの原毛をもつ山羊は、同じカシミール州でもラダックという高地まで行かないと出会えない。シュリーナガルからラダックへは、クルマだとたっぷり2日かかるという。即刻山羊はあきらめ、原毛から取材を始めることにした。だけどこれがまた、気の遠くなるような作業で。 ラダックから運ばれた原毛は、木製の小さなクシで梳かしながら長毛と荒毛にわける。やわらかい長毛だけを集め、指先でのばしながら糸巻きで極細糸をつむぐ。つむいだ糸を2本束ねて、織り糸が完成。ちなみにひとりで糸をつむぐと、ショール2枚分にたっぷり50日かかるそうだ。糸ができると、ようやく縦糸の成形に。そこまでの作業をすべて終えて初めて織り機にかけ、布の形を作っていくことができる。 シュリーナガルはパキスタンとの停戦ライン近くに位置し、そんな独特の立地条件から「なるべく目立つことを避ける生活」を強いられている。大きな工場を作ると、万一のとき標的になりやすい。そのため、基本的に作業場はフツーの民家の部屋のなか。今回取材した現場も、一見ホントにフツーの家。部屋のなかでは、驚くほどたくさんの人たちが働いている。この目で実際に見なければ信じられない、不思議な光景だった。 糸をつむぐ部屋、織り機の部屋、そして刺しゅうの部屋。基本的に男と女は分かれて作業をしていたが、織りや刺しゅうなどその核となるものはすべて男の仕事だった。なかでも特に熟練を要するとわたしが感じたのは刺しゅう。なにしろものすごい緻密な作業である。 全面刺しゅうのショールは、1枚作るのに1年も2年もかかる。これがまたすごいのなんの。一日中ちくちく、ちくちく。細長いヤカンのような器具で、水タバコをぷくぷくふかしながら、朝から晩までひたすら同じ刺しゅうを繰り返す日々。見ているだけで気が遠くなる。だけど、ふと気がついた。その作業の進行具合は、思ったよりゆっくりである。ちくちく縫っては、水タバコをぷくぷく。ひたすらそれを繰り返している。 「ぷぷぷ。ちくちくより、ぷくぷくしてるほうが長いんじゃないの。あれじゃ、いつまでたっても終わらないね」。あまりにのどかに見える作業場の風景に、思わずいやみな感想をもらすせっかちな日本人。でもジツは、あの細かい作業を1年も2年も同じ態勢で続けるには、水タバコのような「気分転換」がないとできないよなぁ。わたしはこっそり思っていた。 10歳から糸をつむいですでに50年というおばちゃんが、私に向かって勢いよくカシミール語で話しかけてきた。さっきまでおとなしかった周りのおばちゃんまで、「そうだそうだ」とでもいうように加勢。あんまし盛りあがってしまい気になるので、撮影につきっきりだった通訳を呼んできて、内容を聞いてみた。 「おなかすいてるんでしょ」「何も食べなくていいの?」「台所に行けばなんか食べられるから」「そうそうそう、ごはん、食べていきなさいね」「遠慮しなくていいんだから」 いつでもどこでもこんなんばっかし。そりゃ、うれしいですが。おばちゃんにごはんを誘われたとき、私は取材中にもかかわらず「今晩も『丸』かなあ」と、そういえば夜ごはんの心配をしていた。その国際的食い意地は、おばちゃんたちの目にもバレバレなんだなあと、妙に納得してしまう春の午後なのであった。 さて。 シュリーナガルでは、滞在初日から毎日地元の家庭料理をごちそうになった。主だったメニューは、丸い羊団子のカレー、丸い羊団子のミルク煮、丸い羊団子のスパイス煮、そして羊団子を細長い棒に巻きつけ、ちくわ状にして焼いたカバブ。食べても食べても、次に出てくるのは羊の丸ばかりだ。しかも、食べるそばからどんどん皿の上にのせられる。丸、丸、丸、次も丸。ひー、わんこ丸はもう十分ですぅ〜。すこしは野菜くれ。 なんて罰当たりなことを考えてたけど、パシュミナを作る人たちは、山羊の毛を材料に生業とし、羊の肉をカラダの糧として、自然の恵みに心から感謝しながら生きている。宗教上の理由もあるけど、これもある意味「豊かな生活」なのかもしれないなあと思ったりもするのだった。 あの作業場での技術の集大成に敬意を表し、私はデリーでパシュム100%のジャカード織りショールを1枚購入した。染めてない、原毛のままの、薄茶色のパシュミナショール。こういう素朴な風合いのものは、日本ではあまり人気がないそうだ。じつはインドでも結構な値段だった。でも、お金は働けば手に入るもんね。今も見るたび触れるたび、なぜかあのキョーレツな羊の丸を思い出すふわふわのショールを、遠く離れた東京の町で、大切に大切に大切に使おうと思う。 ※唐突でたいへん恐縮ですが、宣伝をひとつ。5月12日(金)、紀伊国屋など大手書店にて、ナオミ・ホイホイという謎のペンネームで「ハッピーハワイ」(双葉社刊・共著)を出版します。ハワイ好きがエッセイで紹介する、女のコのためのハワイ紹介本です。 いろんな著者のいろんなハワイがあります。表紙のとぼけたイルカさんは、友人で水彩画家の小渕暁子さんのイラストで、水色のカバーをぺろんとめくると、裏にはすこし便利なワイキキお茶だけマップ、表4にはさらにとぼけたホノルルベイビーが出現します。 ところどころ遊びました。かわいいだけの、役に立たないハワイ語も覚えられます。軽く読めます。あんましためにはなりません。すこし笑えます。旅先のプールサイドで、またバスルームで半身浴のお供にぜひ。じっくり読めばホイホイの謎もわかります。ひとりでも多くの方に読んでいただけるとうれしいなあと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 ※今回のネタは、カシミール人のアハマッド家でごちそうになったごはんなので、お店紹介はお休みさせていただきます。 ![]() ![]() ![]() ![]() 作業風景:左の達人は刺しゅうをちくちくー、右の達人は水タバコをぷくぷくー。朝から晩まで、ずっとずっとこの繰り返し。ちなみに、約1年間それぞれがひとつのショールの刺しゅうにたずさわっている。いずれも、仕上がりの目安は約8ヶ月後とのこと。 夜ごはん:ある日の夕食風景。カシミールの主食は基本的にごはん。アハマッド家では、シェフ自らわんこ丸をこうして配ってくださった。「だから丸はもういいって」と、表面ではニコニコしながら日本語でぶーぶーぶー。写真は次の丸をふるまわれる、なすがままの南インド人ネシーさん。彼も内心はやはり…。 丸:羊肉をミンチにした丸のミルク煮。香港の牛丸(あうゆん=牛肉団子)のように、弾力ある硬さ。肉の塊を石のすり鉢でつぶして作る。味は確かにうまいけど、毎日この丸ばっか自動的におかわりされつづけて、さすがのわたしも胃がネをあげる。 おばちゃん:糸をつむいで50年のおばちゃん。右上の綿状のものが、パシュの原毛。おばちゃんってばなんだかストイックにかっこよく写ってるケド、彼女がわたしに向かって「食べてけー」といい出した張本人。言葉は通じないけど、思わず抱きつきたくなるほど温かいしとでした。 刺しゅう:くらくらしそうなホド細かい技術を駆使した刺しゅう。ふかふかにやわらかく、ふんわり軽い原毛色パシュ100%のショールが、この緻密な刺しゅうを施すとずっしり重くカチンコチンになる。なんとなく「もったいない」と思う小市民なわたし。この刺しゅうは、水たばこをぷくぷくしてる右のじいちゃんの大作です。 |
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