| 「亜細亜くいだおれ」 December 12,2000 | |||
| 冬は腸詰め包囲網 | |||
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香港の冬のある日。 起きたばかりのぼうぼうの頭でいつものように台所へ行くと、何やらヘンな匂いがした。普段とは明らかに違う匂いで、なんとなく嗅いだことがあるような、ああだけどないような。それでも正体は、なんだかまったくわからない。甘く香ばしく、やや脂っぽいような匂い。半分寝ぼけながら何気なく壁に目をやると、小さな台所の壁に臘腸(らぷちょん=腸詰)がひと山、まるで専門店の店先のようにぶらさがっていた。 ん。ここはどこ。思わず目が覚める。いくら何でも多すぎはしないか。それでも仕事柄か、反射的に数えてしまった。確か37本。くらい。赤身肉を腸詰にした赤っぽいやつが20本で、残りは黒っぽいレバーの臘腸。記憶のなかではそんなもんだったと思う。今から3年前の話だ。当時わたしは、香港人の女性警察官の家に居候していた。 香港は外食産業が盛んで、作るより安いから外で食べるのが普通。最近の女性は特に家で料理をしないと聞いていたが、うちに限ってそんなことはなかった。公務員のアンジェラは、毎日だいたい同じ時間に仕事から帰ると、ひとりでマメにごはんを作って食べた。ごはんは保仔(ぽうちゃい ※保の下は火)という香港の土鍋を使って炊き、必ずホカホカが食卓に並んだ。香港でごはんは炊飯器を使って炊くのが一般的だが、アンジェラはその古い方法でいとも簡単にごはんを炊き、おいしそうなお焦げを自由自在に作ってその味を楽しんだ。わたしの目に、ものすごくかっこよく見えた。 日本に帰って古い炊飯器を捨て、毎回土鍋でごはんを炊くようになったのは、アンジェラの影響が大きかった。ほんの少しの手間で本当に簡単に炊けるし、しかもいつも炊きたてホカホカだ。炊飯器がない生活を見て老親は「そんなにお金が無いなら買ってあげるから」としつこい。いくらその理由をいっても理解できないようす。なぜか相当不憫に目に映るらしい。だけどわたしとしては「コレ以上のことはない」わけで、今も頑なにそのありがたい申し出を断っている。 話は臘腸に戻る。とにかくアンジェラが、そんなにたくさん肉の塊を食べられるとは思えないし、第一食べちゃったら体に悪いだろう。まったく一体全体どうするんだろうと心配になった。店でも開くつもりか。 しかし心配は杞憂に終わった。わたしが臘腸に驚愕した日から、彼女はほぼ毎日1本から2本のいいペースで臘腸を調理して食べた。ごはんに臘腸をスライスしたものを乗せて炊きあげる。電子レンジで蒸す。たまには野菜と一緒に炒めたりもする。臘腸は一ヶ月ほどで、すっかりなくなってしまったのだった。 さて。ジツは前回の台北に続き今週は、一応出張という名目ではあるが冬の香港を満喫している。レストランの飲茶メニューで思いがけず見つけた味覚に、その日わたしは嬉しい舌鼓を打った。それが臘味糯米飯(らぷめいろうまいふぁん)。臘腸入りのおこわである。 「香港の冬」を実感する味覚。アンジェラの臘腸好きをぷるぷるしながら遠目で見ていたように、今思えば滞在中はそこまで好きじゃなかった。確かにおいしいが、脂っぽいし癖はあるし、なにしろ肉なのに甘みが強いわけでごはんのおかずにはどうかと思う。甘い肉の味に慣れてない日本人のわたしにとって、それは「どうしても食べたい」モノではなかった。 それが香港を離れてから「冬だ。臘腸だ」と変わってきたのは、だけどある意味自然なことのような気もする。香港人のなかにもまれて過ごした一年、春夏秋冬の到来は、すべて「食べ物」で知った。例えば、旧正月が来て春を喜び、ライチが店先に並んで夏を実感、月餅を機会に秋になり上海蟹を堪能、そして臘腸と蛇羹(せいがん ※蛇スープのこと)で北風の到来を知るのだ。なんというプリミティブな季節感。 臘味糯米飯は、肉とレバーを使った2種類の臘腸と、豚ばら肉の臘肉という3種類の臘味(らぷめい ※臘腸などの総称)を、長粒種の糯米と一緒に炊く、あるいは蒸しあげたおこわ。老抽(ろうちゃう)という色づけ醤油で景気よく色をつけて食べる。それをひとくち食べた瞬間、わたしはアンジェラの家の台所を思い出したのだった。ただしここで勘違いしないでほしいのは、香港人が冬になると常に臘腸を買い置きしてるとか、そういうことではないということ。香港人にだって好きな人がいれば苦手な人もいる。臘腸好きのアンジェラにはたまたまそういう習慣があった、というだけのことだ。 「炊飯器はないの?」という、わたしの無神経な一言で、ある日アンジェラは百貨店で日本製炊飯器を買ってきてしまい、古きよき習慣は突然に幕を下ろすことになった。思わず「そんなつもりじゃなかった。ごめん」というと、「そのうち買うつもりだったし」とアンジェラは笑った。彼女は決して土鍋ごはんにこだわっていたわけではなく、「そのうち買うかな」と古い習慣を続けていたに過ぎなかった。 さらに日本へ一時帰国するとき「お母さんに食べさせなさい」と、臘腸を20本も持たせてくれたが、案の定税関でストップされた。香港から日本への肉類持ちこみは禁止。係官に「これはどうなるんですか」と聞くと、彼女は申し訳なさそうに「焼却されます」といった。アンジェラに申し訳ないなと感じると同時に悲しかったが、たぶん母は食べられないだろうと思っていたので、ジツは半分ホッとしたのも事実だった。 ![]() 店によっては、飲茶の間中こうして景気好くセイロで蒸しているところもあります。これが「臘味糯米飯」。荃灣(ちゅんわん)の潮鴻城酒樓にて。
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