| 「亜細亜くいだおれ」 January 9,2001 | |||
| 香港魚屋事情 | |||
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昔の日記を読んでいたら、こんなのがあった。 1998年2月4日(水) MTRに乗ったら、洋服に白いペンキの汚れがついた女性が座っていた。隣が空いていたので、何も考えずに座る。 電車が走り出すと、ぷーんと生臭いにおい。不思議に思ってにおいの元をたどると、女性の洋服に付いていたのが白いペンキでなく魚のウロコだったことに気付く。しかも、あろうことか大きなウロコがエアコンの風に乗ってひらひらと、わたしのほうへ飛んでくる。 思わず「蛇おんな」という漫画のタイトルが脳裏に浮かぶ。彼女が降りた後、ステンレスシートの上にはウロコが何枚も落ちていた。 わたしが体験した実話である。 「MTR」は廣東語で地鐡(でいてぃっ)。香港の地下鉄だ。電車は、路線により地下も地上もついでに海底までをも走る。余談だが、台北のは「MRT」で似て否なるもの。現地の言葉で捷運(ちえゆん)と呼ばれ、わたしの目には、特に香港の「MTR」にとても似て見えるが、なぜか台北っ子にそれが「地下鉄」という意識はない。あくまで捷運。早く走る公共交通機関なのだ。いや、どうでもいい話なので戻ります。 女性は快晴のその日、地上にホームがある駅から乗ってきた。ひらひら飛ぶその物体は光に反射して、なかなかに神秘的だった。が、そうはいっても正体はウロコ。あまりのことに全身はトリ肌状態だ。おもわず「ひっ」と叫び出しそうになる。が、車内には、眉をしかめても声を出すような乗客は誰ひとりおらず、わたしもどうにか言葉を飲みこんだ。 すこし落ち着いて見ると、女性は長靴を履いており、対面に立つ男性との二人連れだった。男性の傍らには大きなバケツ。なんだそうか。間違いない。街市(がいしい=市場)の川魚屋さんだ。 香港には2種類の魚屋がある。海魚屋と川魚屋だ。 前者は日本の魚屋に近い存在で、石斑(せっぱん=ハタの一種で高級魚)、紅衫魚(ほんさむゆぃ=イトヨリダイ)、烏頭魚(うーたうゆぃ=ボラ)、青衣(ちぇんいー=ブダイ)、新娘(さんろい=クマノミ)、蘇眉(そーめい=ナポレオンフィッシュ)など、カラフルな魚を中心にした商品構成。 独特なのが後者で、とにかく川魚ばかり。鯉魚(れいゆぃ=コイ)、鯪魚(れんゆぃ)、生魚(さんゆぃ)、鯇魚(わんゆぃ=ソウギョ)、大頭魚(だいたうゆぃ=日本名わからず。目が離れたでっかい魚)、そしてカエルにスッポン。あくまでモノクロの世界である。 海魚屋では一部の高級魚とエビ、シャコ、カニを除き、商品は「シメられた状態」で氷の上に並ぶ。蝦は大抵景気よくバシャバシャと水飛沫をあげているが、蟹は縛られたまま。動くと身が細ること、ハサミで傷つけ合ってしまうのがその理由だ。加えて冷凍エビもまた海魚屋さんの領域内。逆に必ず「生きた状態」で売るのが川魚屋で、魚たちは水槽やバットのなかをびちびちと元気に泳ぎまわる。ちなみに大閘蟹(だいちゃっはい=上海蟹)は、このどちらでもなく期間限定の専門店で扱う。 川魚は、切り身一切れ買うにも、すべてその場でさばいてもらう。「このへんをこのくらいちょうだい」という細かな客の注文に、魚屋は細やかにに対応。縁起を担いだ習慣から必ずおまけに頭と尾の一部をつけるので、いつでも尾かしら付きだ。さばいた後がまた独特。鯇魚(わんゆぃ=ソウギョ)と大頭魚(だいたうゆぃ)など大きな魚の場合、客が買っていった切り身の残りは、店頭のいちばん目立つ場所に置く。これがまた特別なプレゼンテーション。血まみれなのだ。 切り口には、ぷっくりふくらんだ白い浮き袋を露出させ、身には真っ赤な血をわざとべったり。頭は堂々と空を見つめ、ときには動いたままの心臓をもさらけだす。二枚に下ろすのでなく、タテ切りの妙技なんてものもあり、とにもかくにも「シメたて&切りたて」を強調する。何が何でも新鮮第一。香港人にとっての「おいしそうという感覚」を知るには、ここを見るのがいちばんてっとり早い。 1997年の返還以来、大部分の外の街市がビル内に引っ越してしまったが、ほんの2、3年前までは、道端で魚をさばく様子があちこちで簡単に見られた。おもしろいのがさばくときの反応で、魚が勢いよく飛びはねて地面に落ちたときは見ものだ。日本人的発想なら「汚く売り物にならない」が、香港人の反応は逆。煙たがるどころか「それそれ、その落ちたやつ買った」と大声で叫びながら、あわてて走ってきたりする。元気で新鮮な魚を人々はとても当たり前に求めているのだ。 MTRで遭遇した川魚屋の女性の服についていたのは鯇魚(わんゆぃ=ソウギョ)のウロコだった。確かめたわけじゃないけど、そのくらいならわたしでもわかる。一辺が約2cm。ほぼ一円玉大だ。 香港の「食」的日常を極めたいなら、ぜひ街市探検を。オススメの時間帯は、夜ごはんの買い物客が賑わう夕方5時すぎ。ただし、立ち止まってじっと見たり撮影したりすると大抵いやがられます。当たり前ですね。 親切な人も多いが、同じくらい(わたしの目に)荒くれ者もいて、怒鳴られることは日常茶飯事。「値段だけ聞いて買わない」とか「写真だけ撮って買わない」場合、とくにそれが店の最初の客だったりすると「縁起が悪い」と非常にいやがられます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 上から、荃灣(ちゅんわん)街市のなかにある、お気に入りの川魚屋さん。この後ご主人は、すっぽんを、くわえタバコのまま、それはそれは美しくさばいた。あまりの高等技術に心臓がバクバク。 中央に鎮座する血まみれの切り身が香港人の"キング・オブ・食卓魚"、鯇魚(わんゆぃ=ソウギョ)。蒸したり揚げ焼きにしたりお粥に入れて食べる。おいしいけど、日本人にはやや泥臭く感じるかも。白く光るぷっくりしたマルマルが浮き袋で、火鍋の具としておなじみ。その向こうの黒いのが頭(上向き)。 「生魚」は、「なまざかな」ではなく「さんゆぃ」。やはり川魚の一種で、人気はあるけど一見渋く物哀しいモノクロ魚。 海魚屋さんの店先。今日のラインナップはやや地味で、なんか日本とあまり変わらず。旧正月直前には、石斑や青衣、蘇眉などの目出度い魚がずらりと並ぶ。 同じく海魚屋さん。新鮮な紅衫魚の「ピンクの服」に、思わず吸い寄せられてパチリ。
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