| 「亜細亜くいだおれ」 July 10, 2001 | |||
| でかあたまのお魚 |
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大頭魚(だいたうゆぃ)という川魚の蒸し物を初めて食べたのは、確か7年前のこと。 廣東省順徳のレストランで、マネージャーから「これは頭がおいしい魚です。ぜひあなたが最初にいちばんの珍味を召し上がってください」といわれたのだった。 頭だけが異様に大きく背骨がぐにゃりと曲がった、ただでさえ変わった風貌である。わざとその背骨が目立つよう腹開きにして、でろりんとオーバルの大皿に盛られたその料理は、どう贔屓目に見てもグロテスクのひと言につきる。大頭魚を前にして、わたしはすっかり途方にくれてしまった。 マネージャーとシェフとウエイター、ウエイトレスが、テーブル脇にずらりと並んでわたしの箸先をじっと凝視するなか、結局最後までその好意を受け入れることができなかった。「頭の部分は苦手で」と通訳者から丁寧に詫びを入れてもらい、「まあ、気にしないで」と笑ってはもらって済ませはしたが、実際は今も尚そのときの些細な出来事が、頭のすみっこでずっと気になっていた。 今日改めて、広州で自ら大頭魚を注文して頭のなかを箸でぐりぐり解体し、その珍味を存分に楽しみながら、そんなことをほろ苦く思い出していた。 あれは本当に新鮮で、大きく立派な大頭魚だった。 蒸し加減もジャストミート。そんな最高の状態を「順徳を訪れてくれたことへのもてなし」として、その日初めて会った「通りすがりの外国人」に対して贈ってくれた気持ちを、7年もの歳月が過ぎた今になってようやく理解するわたしである。あのとき自分がどんなにもったいないことをしたか、今ならそれがよーくわかる。 「仙骨大頭魚」とメニューに記されるほど、体中が骨だらけで身は少ない。が、体のわりに大きな頭のなかには白い半透明のぷるぷるがたっぷりと詰まっている。 ホロホロしたやわらかい身もそれなりにおいしいが、ここにはどうしても(多くの日本人にとって)苦手な泥臭さが残る。それに比べると頭のぷるぷるは、意外にも上品な味わいがあった。そしてそのおいしさこそが、大頭魚=珍味といわれる所以なのだ。 当時、すでに香港などアジアにはだいぶ通いつめてはいたが、それでも素材の珍しさやそのありがたみをまるでわかっておらず、何でもかんでも食べられる気持ちの強さも今ほどには備わっていなかったように思う。取材する立場としては、どうにも勉強不足だし、とんとなってない状態。反省しきりである。今のわたしならその料理を、珍しさという観点だけでなく廣東料理の珍味のひとつとしてどうにか紹介たいと、心から願う。 ただ、いまだ問題もある。 香港や中国に通い、少しずつ川魚に親しんだわたしが理解するのに7年かかったそのおいしさを、果たしてどんな風に伝えたら興味をもってもらえるのか。そこらへんは今も尚、たいへんたいへん悩むところである。
![]() 左から右に。ベトナムのミトー名物の象耳魚にもたまげましたが、この大頭魚の外観も結構な衝撃。これがまたうまいってゆーんだから、廣東料理の食材の豊富さというか奥深さみたいなもんをいろいろ考えてしまいます。 豉汁仙骨大頭魚(しーじゃっぷしんくわっだいたうゆぃ)。体は痩せ細っていて骨がゴツゴツ。食べ方としては、骨をくわえて皮の部分と身をちゅばちゅばとしゃぶります。一番のお楽しみは、目の回りの大量なぷるぷる。
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