「亜細亜くいだおれ」 October 30, 2001
運び屋の掟

牛嶋さんのイラスト 牛嶋 直美
ウシジマ・ナオミ

からだの組成の87%がチューカでできているちゅーか。残りの13%はタイ、ベトナム、インド料理でできてるちゅーか。
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これまでどこにも書かなかったが、長い間ずっと気になっていた。

香港のレストランには、ある特別な任務だけを遂行する係がいる。その存在はひたすら地味で、また業務内容はたいへん微妙。

その係を、廣東語で傳菜(ちゅんちょい)という。

任務は、厨房からテーブルの際まで料理を運ぶこと。「それはフツーでしょ」というなかれ。ここで重要なのは運ばれる先が、テーブルの「上」ではなく「際まで」というところ。傳菜がテーブルの「際」まで運んだ料理を、「際」からテーブルの「上」へ置けるのは、ウエイターあるいはウエイトレスだけなのだ(正確にいうと、もっとえらい人も「置く」ことは可能です)。逆にいえば、傳菜はテーブルの上へ料理を置くことができない。このへんの線引きが、非常に微妙なのである。

「傳(ちゅん)」は繁体字で「伝」のこと、「菜(ちょい)」は料理を示す言葉。

つまり傳菜とは、「料理を伝える(運ぶ)人」ということになる。これはまったくの私見だが、「厨房からテーブルの際まで」というのは、「シェフからウエイターまで」ということなのだ。とにかく「菜」を「傳」するだけが仕事。だからわたしは傳菜を「運び屋」と呼ぶ。

香港のウエイターやウエイトレスは「料理を運ぶ」というより、客に好きなお茶の種類を聞いたり、注いだり、箸袋を破いたり、點心(でぃむさむ=点心)や料理の注文を受けたり、とにかく客へのサービス全般を受け持つ感が強い。役割の小さな差こそあれ、だから日本の飲食店で使う「ホール」という言葉が、とても近い気がするのだ。

香港へ一度でも行ったことのある人なら、ちょっと乱暴に見えるウエイターや、不思議な運び屋の存在に、なんとなく「心の異物感」を感じてらした「同士」もいるはずだ。

席に着くなり箸の袋をばりばりばりっと引きちぎられ、「旅行の記念に箸袋をもってかえろうと思ってたのにい」とウエイターをちょっぴり恨んでみたり、いつまで経っても料理をテーブルに置いてくれない運び屋に「アツアツを食わせてくれないのかっっ」と腹を立ててみたり、習慣の違いに戸惑ったことのある人は多いと思う。だけどもじつは、その微妙な違いこそが香港の本当のおもしろさなのである。

ちなみにウエイターが大袈裟に箸袋を破くのは、「あなたのためにお箸をお出しいたします」というパフォーマンス。そして後者はここまでに書いた通り、「運び屋」と「ウエイター」のシゴト内容の微妙な差によるものだ。彼らはあくまで「お客様のため」に使命を全うしてるだけなので、ウエイターがやって来て運び屋の皿をテーブルの上に置くまで、どーかイライラせずに温かい目で見守ってくださいまし。

ところで、微妙ついでにいえば、ウエイターは客へのサービス全般を受け持ってはいても、埋單(まいたん=お勘定)には決して手出しができない。

つまり香港のレストランには、この他にも微妙で重要な係の線引きがビシッとなされているのだ。それらは廣東語で、支客(じーはっ)、點心阿審(でぃむさむあーさむ)、部長(ぽーちょん)、師傅(しーふー)などと呼ばれる。日本語で呼び名を明かせば、ほとんどが各国のレストランでもおなじみのシゴトだが、その業務内容や制服には、香港ならではの特徴が多々見え隠れしている。

ということで、その詳細は、本日10月30日に全国書店へお目見えする予定の「ハッピー香港」(双葉社 ISBN4-575-29303-2 C0076 \1500)に記してあります。ぜひそちらにて全貌をお楽しみください。これら係の微妙な違いを、おおのきよみさんのイラストで紹介しています。

※「ハッピー香港」初版本の中の表記は「師傳←×」になってますがこの文字は作字の際の誤植。「師傅←◎」が正解です。すみません。




写真左上から、山竹牛肉球(さんちょっあうよっがう)。蒸した牛肉団子。下に湯葉が敷いてある。莞茜(ゆんさい=香菜、コリアンダー)が、これでもかと入っているので苦手な人は注意が必要。■汁(きっじゃっぷ=ウスターソース ※口へんに急)につけて食べる。

煎腸粉(ちんちょんふぁん)。干しエビと青葱を入れて蒸した米粉のクレープ(わたしは「ぷるぷる」と呼んでいます)をくるくる丸めて、こんがり焼いた點心。

潮州伊麺(ちうちゃういーみん)は、両面をこんがり揚げ焼きした麺に、黒醋(はっちょう=黒酢)とグラニュー糖をかけて食べる。一見怖そうだけど、お菓子感覚で意外においしく食べられる。

腐乳通菜(ふーゆーとんちょい)。空心菜を茹でて、豆腐を塩漬け発酵させた腐乳のソースで食べる油菜(やうちょい)のひとつ。この店では、ソースが別添え。右の肌色の小さな皿がソース。




運び屋の制服が楽しいお店

潮江春 (ちうこんちょん)
住所:香港新界荃灣緑楊坊
電話:2498-3381

香港でチェーン展開している潮州料理店。荃灣(ちゅんわん)は、MTR荃灣線(赤い線)の終点。新界のベッドタウンにあるこの支店はローカル色がたいへん強く、観光客はほとんどいません。もとが映画館だったので天井がすごく高く妙にだだっ広くて、ゴージャス感ありありです。

おことわり

※1香港ドル=約15円です。
※カッコ内のひらがなは、廣東語をわたしの耳に聞こえた発音で表記しています。語尾の微妙な「k」「t」「p」などは、てけとーにやってます。また廣東語には9つの音があって、このまま読んでもまず通じません。そのへんは、どうぞご了承くらさい。



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