| 「亜細亜くいだおれ」 November 13, 2001 | |||
| フナスープの話 |
|||
| |||
物心着いたときはすでに、ばかでかい魚拓が家にあった。 額の隅っこには、神子元(みこもと)島という伊豆沖に浮かぶ島で父が長時間格闘したことを証明する、古びたモノクロの証拠写真が貼り付けてあった。石鯛の体長は76cm。3人がかりで(本人談)格闘したことを自慢したくなる気持ちも、わからぬではない。 しかし、当時子供だったわたしにとってそんなデータはまったく興味の対象ではなく、大きく平べったい墨の魚を見るたび、「あの尾のあたりの身が締まってておいしそうだなあ」などとぼんやり思っていた。「あの部分が食べたい」と無邪気にいうわたしのそんな反応を、だけども父はフフンッと鼻で笑い、「まったくこれだから素人は。魚はカマが一番うまいんだ」と自慢げに言い放った。ほろ苦い魚拓の記憶である。 確かに魚のカマはうまい。国境を超えた香港でも、大層人気があった。ある意味「父の教え」通りである。唇、頬肉、目の周りなど、ぷるんとか、ふるふるとかした部位は、ほとんど競争か年長順に食べる。それこそおいしい証拠だ。 日本と違うところもあった。 なぜか「頭」と同じだけ、「尾の身」も人気があった。特に尾が大きく力のある鯇魚(わんゆぃ=ソウギョ)などは、メニュー名に鯇魚尾(わんゆぃめい=ソウギョの尻尾の部分)と素材が細かく指定される料理があるほど、たいへん一般的に食べられる。泳ぐときにいちばんよく使う部分なので、身が締まっていておいしいとのことだった。 なるほど。わたしが密かに抱いてきたのは、香港人の感覚だったのかと勝手に納得。香港人と自分との間に、ちょっとした感覚的な仲間意識が芽生えた瞬間だった。そしてこういう「勘違いかもしれない」小さな積み重ねが、香港とわたしを固く強く結びつけるのだ。 もうひとつ、太公望だった父のもうひとつの教えが「フナは食べない」だった。 正確には「食べられない」とのことだった。だから釣りに連れて行ってもらうと、フナは釣っても全部逃がすのだといった。食べない魚をなぜ釣るのか、それはよく理解できなかったが、とりあえず「フナは食べない」というのがつまり幼少時からのウシジマ家の常識だった。 香港で、フナは当然のごとく食材。人気は、大根と一緒に煮込むスープの蘿蔔絲■魚湯(ろーばっしーじっゆぃとーん ■=魚へんに即)。今となってはわたしもごくフツーに食べる。特にスープが好きなので、ごくごくと飲む。 フナというのはたいへん種類が多いそうで、だからこいつがあのときのフナとまったく同じ種類かどうかはわからない。しかしさすがに初めてこのスープを見たときは、白っぽく濁ったスープの上にぷかぷか浮かぶ大根まみれのフナの死体を、多少複雑なる思いで見つめてしまったわたしである。 白濁色のスープは、内臓を処理したフナを皮付きのまま一尾まるごとことこと煮込んで作る。白いからといってミルクを入れているわけではなく、出汁には上湯を使う。もとは上海料理の名物と聞いていたが、スープとの初対面は香港の四川料理店だった。
「フナって、食べられないんだよねー。確か」 日本では「具だくさん」などといわれるように、その主人公は「具」であることが多い。けど、中国料理でスープは「身」でなく「スープ」のほうがごちそう。 そんなことを、この日も心から納得したわたしである。けど、そんな香港的ごちそうのフナスープも、やっぱり父には食べられないだろうと思うとほんのすこし寂しかったりするのだ。 ※フナスープの画像がどうしても見つからなかったので、今回の画像と店は香港家庭料理関連でまとめました。
![]() ![]() 左から右へ:冬菜蒸鯇魚。鯇魚の尾の身を、冬菜(どんちょい=天津白菜のニンニク漬け)風味で蒸した家庭料理。幼少時の石鯛以来、川魚といえどやっぱし尾の身が好きなわたし。 青紅蘿蔔湯(ちぇんほんろーばっとーん)は、大根とニンジンとスペアリブのスープ。このスープも、豚肉同様大根とニンジンは具でなく出汁である。
|
copyright(c) 1997-2003. USHIJIMA, Naomi all right reserved.