30/9/2004

「野点弁当」


祖母のパーティ。95歳。祖父が亡くなってから、2度目のお誕生日。

葬式直後、祖母の衰弱はひどくて、一時は続いて逝ってしまうのではないかと思ったほどだったけど、元気になってくれてうでしー限り。

確かに、体こそ年齢なりの不調があるけれど、祖母の脳みそは、95歳と思えないほど明瞭で、しっかりとしている。祖母と孫娘は、今日もずっと手をにぎって仲良くはなしていたのだけれど、じっとおらの顔を見据え「父親への孝行もいいことだけど、シゴトをやめちゃいけない。それはまた違うこと。自分の人生を見つめ直すことも大事よ」と、厳しく諭される。わたしが2級ヘルパーの講習を受けたのも、「今、それしかできない生活というのなら、介護をしごとにする選択もある」という半年前、94歳だった祖母のひとことがきっかけだった。

この夏、祖母は急に具合がわるくなって、救急車で運ばれて入院。そもそも白内障の術後眼内炎で左目は「すわ眼球摘出」を乗り越えながらも、ほぼ失明状態。心臓にはペースメーカーが入っていて、体力もなく、精密な検査を受けることがままならないでいる。ひどい腹痛があるのに、その不調の原因がよくわからず、一時は「もうだめかも」なんてことになって、そのころ丁度父の具合もあんまりよぐなかったりして、今年は2つもお葬式を出さなくちゃいけないのかと、ひどい猛暑が続くなか、絶望的な気分で毎日を過ごしていた。

父はどうにか落ち着き、入退院を繰り返した祖母も、奇跡的な回復を見せてくれて、今日のお祝いがでけることになった。世の中のいろんなものに、感謝。

今日、父はショートステイで特養へお泊まり。偶然この日だったから、マチコちゃんとわたしはこのお祝いの日にかけつけることがでけた。でなければ、昼間のほほんとでかけたりなんて、絶対にでけないもん。介護者になるってのは、そういうことだからね。父を連れて来るのは不可能。お祝いの席がぐしゃぐしゃになってしまうからね。

午前中、マチコちゃんとデパ地下でお弁当やらお菓子やらケーキやら、とにかく大量な買い物をして、そごうのコンシェルジェに荷物を持ってもらって駅前へ。叔母の車に乗り込み、まずは祖父のお墓へ向かった。

死ぬ直前は病院でずっと絶食を強いられ、お腹を空かせたまま亡くなった祖父に、たねやのお饅頭を2種類お供え。おばあちゃんを助けてくれたお礼だ。ついでに昨日届いた最近のしごと(一冊の本)を見せ、「読んでね」とはなしかける。何より活字が好きで、自伝を書き、本を愛して、新聞の切り抜きも大量にスクラップ、自分の書庫まで作ってしまった祖父なので、きっとわたしのしごとも温かく見守ってくれていると思うのだ。7歳のときにもらった絵本は、いまもわたしの宝物。おいらがものを書くという今のしごとについたのは、そんな活字中毒の祖父と、物知りで昔はまるで歩く広辞苑みたいだった父の影響がやはり大きいと、最近しみじみ思うようになった。

祖母のバースデーケーキはアンテノリ、お弁当は京錦。おやつには、たねやのお饅頭と最中。祖母が、サイダーとハーゲンダッツのバニラでクリームソーダを作ってくれる。おいしかった。しやわせな秋の一日。



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