5/1/2005

「鰻の山椒煮」


午後、父を迎えにいく。病院のそのフロアには誰もひとがおらず、父は、ベッドの上で体をくの字にして丸まるように横になっていた。あぁぁ…。「もう、ここに預けるのは絶対にやめよう」と思った。パパちゃん、ごめん。

前にお願いした特養Cのショートステイでもそういう思いがすこしあったし、その前の老健Bでも、秋に入所させた老健Dでも、しっくりいかない思いがどうしても多少はあったけど、おらの勝手な感想でいくとここが最悪。つまりね、病院だから、怖いのです。薬が使えちゃうでそ。

「パパ、起きて」と、声をかけながら、涙が出た。やっぱり、ここもだめなんだ。どこでも無理なのかも。パパごめん。そういう思い。おいらが思う「よい介護」とは、うんとこ離れた放置介護の実態がここにある。おらが考える介護を外に求めるのは無理なのかもしれない。うちよりはいい、という気持でいたけど、うちの方がずっといいじゃん。あうあう。

父は、ぼんやりとして、視線の定まらない目でわたしとマチコちゃんの方を見ている。マチコちゃんとは言葉を交わさなかったけれど、同じことを思っているのが手をとるようにわかった。マチコちゃんが無言になったときの様子、あのときと同じだった。特養Cから夕方に電話があり、夜いきなり父をタクシーで迎えにいった日。肺炎になった日。

父はこの3日間、どうもお着替えをさせてもらえなかったようだ。胸はでろでろに汚れて、髪もボサボサ。もちろん、うちでだって、いやがってお着替えをしない日はある。けど、ショートステイ2泊3日で、この扱いってなんなんだろう。

事務的な手続きを終え、逃げるように外へ出た。ここにいたら、父はすぐ寝たきりになるだろうと思った。最初のインタビューでは、あんなにいいことばかりいっていたのに、実際にはこの扱いだもの。それは、老健Dで身に染みたはずだった。おいら、疲れすぎてて、油断してたのかもしれないと反省する。

父は腰が120度ほどに曲がり、腰を折ったまま歩く。座ってもおじぎをしているようだ。3日間、車椅子に乗ったまま歩かせてもらえずにいたのだろう。マチコちゃんが、ぐいぐいと背中を押して延ばしている。父はされるがまま。

ここだけ見たら、きっと虐待していると思われるだろうなぁと、夫婦どつき漫才のような父とマチコちゃんを眺めながら、ボーッと考える。んでも、おいらたちでちゃんと前の状態に戻すからねっ。



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